「あの店、ちょっと敷居が高いよね」。
日常でこう口にするとき、多くの人は「高級すぎる」「上品すぎて入りづらい」という意味で使っています。
ところが、辞書を引いてもその説明は見当たりません。
本来の「敷居が高い」は、まったく別の場面を指す言葉でした。
言葉の由来まで知ると、うっかり誤解を招く使い方を避けられるようになります。
大人の語彙として、一度きちんと押さえておきたい言葉のひとつ。
「敷居が高い」の本来の意味
そもそも「敷居」とは、和室の引き戸や襖の下にある横木のこと。
部屋と部屋、あるいは家の内と外を分ける境界の役割を果たしています。
この敷居をまたいで、人は家に上がったり外へ出て行ったりするわけです。
つまり敷居は、家に入る人が必ず越える小さな関所のような存在。
本来の「敷居が高い」は、相手に不義理をしてしまい、その家を訪ねにくいという気持ちを表します。
たとえば、借りたお金をまだ返せていない。
あるいは、しばらく顔を出さずに義理を欠いてしまった。
そんなとき、相手の家の敷居が、心理的にぐっと高く感じられます。
またぎたくても、どうにもまたぎづらい。
後ろめたさや罪悪感から足が遠のく、その感覚こそが本来の意味なのです。
なぜ「高級すぎて入りにくい」に変わったのか
ここで気になるのが、今よく耳にする「高級すぎて入りにくい」という使い方のこと。
文化庁が毎年おこなう「国語に関する世論調査」に、その変化がはっきり表れています。
平成20年度(2008年)の調査では、本来の意味を選んだ人が42.1%、「高級すぎたり上品すぎたりして入りにくい」を選んだ人が45.6%でした。
くわしい数字は、平成20年度「国語に関する世論調査」の結果(文化庁)にまとまっています。
ところが約10年後、令和元年度(2019年)の調査では景色が一変。
本来の意味は29.0%まで減り、多数派は「高級すぎて入りにくい」の56.4%へ。
前回調査から、本来の意味での使用が13.1ポイントも減った計算になります。
出典は令和元年度「国語に関する世論調査」の結果(文化庁)。
では、なぜこれほど意味が移り変わったのでしょうか。
文化庁の担当者は、「不義理」が生じる場面そのものが暮らしから減ったからではないかと見ています。
実際、戦前の小説などでは、本来の意味どおりに使われていたという指摘も。
借金を返せず顔を出しにくい、といった状況を、今の生活で語る機会は多くありません。
結果として「行きにくい」という感覚だけが残り、新しい使い方として自然に広まったと考えられます。
「誤用」と決めつける前に
とはいえ、「高級すぎて入りにくい」を頭ごなしに間違いと呼ぶのは、少し気が早いかもしれません。
先ほどの調査で文化庁の担当者は、本来の意味と異なっても「誤用とは言えない」と述べています。
「敷居が高い」を二通りの意味で併記する辞書も、すでに出てきました。
国語辞典は、多数派の使い方をすくい上げて記述を少しずつ更新していきます。
言葉は使う人の多数派によって輪郭が変わっていく、その生きた実例なのです。
同じ調査では「浮足立つ」も、本来の「不安でそわそわする」より「喜びや期待でそわそわする」と捉える人のほうが多いという結果でした。
とはいえ、世代によって受け取り方が割れる点には気をつけたいところ。
50代以上には本来の意味で伝わり、若い世代には「高級店」の意味で届く、というすれ違いも起こりがち。
誤解を避けたいなら、「ハードルが高い」「気後れする」と言い換えるのが安全です。
誤用のほうが多数派になった言葉は、これだけではありません。
最後に
「敷居が高い」は、もともと「不義理をして訪ねにくい」という意味の言葉でした。
それが今では、「高級すぎて入りにくい」の意味で使う人のほうが多数派。
どちらが正しいと目くじらを立てるより、相手や場面で伝わり方が変わると知っておくほうが役に立ちます。
言葉の由来を一つ知っておくと、日々のやり取りが少しだけ豊かに感じられるはず。
以上です。











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