2026年10月、Amazon が AI 企業の Decart の買収を協議していると米紙 WSJ が報じました。
Decart は、キー入力に合わせてゲームのような映像をその場で生成し続ける「Oasis」を、2024年10月に Etched と共同で公開した会社です。
Oasis のように「操作すると世界が反応する映像」を作る AI は、ワールドモデル(world model・世界モデル)と呼ばれる研究の流れにあります。
この言葉は Google DeepMind・Meta・NVIDIA の発表にも繰り返し出てきますが、指している中身は少しずつ違います。
ワールドモデルが何を予測するものかを押さえると、LLM との違いや、ロボットやゲームの話題でこの言葉が出てくる理由にも説明がつきます。
ワールドモデルとは
ワールドモデルは、「いまの状態」と「自分の行動」から「次に世界がどうなるか」を予測する AI のモデルです。
人は、机の端にあるコップを押せば床に落ちると、実際に押す前に頭の中で先読みできます。
この頭の中の模型を、データから学ばせたものがワールドモデルだと考えると分かりやすいです。
Google DeepMind は、ワールドモデルを「世界についての理解を使って、世界の一部をシミュレートできる AI システム」と説明しています。
Meta は V-JEPA 2 の発表で、ワールドモデルに求める力を「理解する」「予測する」「計画する」の 3 つに分けました。
どちらの説明にも共通するのは、入力に「行動」が入り、その結果として「次の状態」を出すという形です。
参考: Genie 3: A new frontier for world models(Google DeepMind)
参考: Introducing the V-JEPA 2 world model and new benchmarks for physical reasoning(Meta AI)
LLM や動画生成との違い
LLM は、文章の続きとして次に来るトークンを予測するように学習します。
世の中についての知識を答えられても、学習の目的そのものは「次の言葉」の予測です。
ワールドモデルは、行動を受け取って「次の場面」を予測するように学習します。
| LLM | ワールドモデル | |
|---|---|---|
| 予測するもの | 次のトークン(言葉) | 行動のあとの次の状態 |
| 入力 | これまでの文章 | いまの状態と行動 |
| 主な学習データ | 大量のテキスト | 動画・ゲームの画面・ロボットの記録など |
| 主な使い道 | 文章の生成や質問への回答 | シミュレーション・行動の計画 |
動画生成 AI とも近いのですが、違いは「途中で操作できるか」にあります。
OpenAI は 2024年2月の Sora の技術レポートで、動画生成モデルを大きくしていくことが「物理世界の汎用シミュレーター」を作る有望な道だと述べました。
Oasis の公式ページは、Sora のように動画全体をまとめて生成するモデルと違い、1 フレームずつ生成してそのたびにユーザーの入力を受け取れる点を挙げています。
画像や音声も扱う AI の全体像は、こちらにまとめています。
参考: Video generation models as world simulators(OpenAI)
参考: Oasis: A Universe in a Transformer(Decart・Etched)
代表的な研究
ワールドモデルの研究には、2018年の論文から続くいくつかの流れがあります。
World Models(2018年)
David Ha 氏と Jürgen Schmidhuber 氏の論文「World Models」は、エージェントを Vision・Memory・Controller の 3 つに分けました。
Vision が画面を小さな数値の組に圧縮し、Memory が次に来る状態を予測し、Controller が行動を決めます。
報酬を見て行動を決めるのは Controller だけで、そのパラメータは 867 個しかありません。
世界の見え方と先読みをワールドモデルが担うので、行動を決める部分はここまで小さくできました。
レースゲームの CarRacing では、100 回の試行で平均 906±21 点を出し、課題の基準である 900 点を超えています。
さらに、ワールドモデルが作り出した「夢の中」だけで行動を学ばせ、その結果を本物の環境に持ち込む実験も行いました。
Dreamer
Danijar Hafner 氏らの DreamerV3 は、環境のモデルを学び、未来の場面を想像しながら行動を改善する手法です。
150 を超える種類の課題で、1 つの設定のまま専用の手法を上回ったと報告されています。
Minecraft で、人間のデータや段階的な課題を使わずにゼロからダイヤモンドを集めた最初のアルゴリズムだとも書かれています。
参考: Mastering Diverse Domains through World Models(arXiv)
Google DeepMind の Genie 系
Genie は 2024年2月に発表され、ラベルの無いインターネット上の動画から学習したモデルです。
操作のラベルが無い動画から「どんな操作があったか」を自分で推定して学ぶので、生成した世界をフレームごとに操作できます。
パラメータは 110 億で、論文は自らを「基盤となるワールドモデル」と位置づけています。
2024年12月の Genie 2 は、画像 1 枚から操作できる 3D の世界を生成し、一貫した世界を最長 1 分ほど保てるとされました。
2025年8月の Genie 3 は、720p・毎秒 24 フレームでリアルタイムに動き回れて、数分間の一貫性を保つと発表されています。
Genie 3 は、発表の時点では一部の研究者とクリエイターに向けた限定的な研究プレビューでした。
参考: Genie: Generative Interactive Environments(arXiv)
参考: Genie 2: A large-scale foundation world model(Google DeepMind)
Meta の JEPA 系
Yann LeCun 氏は 2022年に、世界の仕組みを内部のモデルとして学ぶ AI の構想を提案しました。
その構想に沿った最初のモデルとして、Meta は 2023年6月に I-JEPA を発表しています。
JEPA 系の特徴は、ピクセルそのものを当てに行かず、画像や動画を抽象的な表現に変えてから、その表現の先を予測するところです。
Meta は、細部まで全部を描き直そうとする生成型の弱点を避ける狙いがあると説明しています。
2025年6月の V-JEPA 2 は 12 億パラメータで、100 万時間を超える動画と 100 万枚の画像で事前学習されました。
そのうえで 62 時間分のロボットの動画で追加の学習をし、初めて見る環境での物の持ち上げと配置に 65〜80% の成功率を出したと報告されています。
参考: I-JEPA: The first AI model based on Yann LeCun's vision for more human-like AI(Meta AI)
参考: V-JEPA 2(arXiv)
何に使われるか
いま期待されている使い道は、大きく 3 つあります。
エージェントの訓練場
ワールドモデルが作る世界は、AI エージェントを訓練して試す場所として使えます。
DeepMind は Genie 2 と Genie 3 が生成した世界で、3D 空間向けのエージェント SIMA に指示をこなさせる例を見せています。
現実やゲームで用意できる場面には限りがあるので、新しい世界を生成し続けられることが訓練の材料になります。
ロボットと自動運転
ロボットや自動運転は、現実で失敗させると壊れたり危なかったりするので、先にデジタルの世界で練習させたい分野です。
NVIDIA は 2025年1月に Cosmos を発表し、ロボットの操作や自動運転の場面向けに、ワールドモデルを作るための土台をオープンにしました。
Meta の V-JEPA 2 は、ゴールの画像を見せると、ワールドモデルで先を読みながらロボットアームの動きを計画します。
参考: Cosmos World Foundation Model Platform for Physical AI(arXiv)
ゲームとリアルタイムの映像
Oasis は物理エンジンを持たず、移動・ジャンプ・ブロックの破壊といった反応を、モデルが毎秒 20 フレームで生成します。
ゲームエンジンが規則を計算する代わりに、モデルが画面ごと作り出す方向の研究です。
LLM の推論モデルが「答える前に言葉で考える」のに対し、ワールドモデルを使う計画は「動く前に場面で想像する」ものだと捉えると違いが見えます。
限界とよくある誤解
いまのワールドモデルには、発表している側も認めている弱点があります。
長く続けると崩れる
ワールドモデルは、自分が予測した場面をもとに次の場面を予測するので、小さな誤りが積み重なります。
Oasis の公式ページも、小さな不完全さが雪だるま式にふくらみ、崩れたフレームになる問題に取り組んだと書いています。
Genie 3 が保てる一貫性も、発表の時点では数分で、何時間も続けられるわけではありません。
物理法則を正しく計算しているわけではない
ワールドモデルが出す映像はもっともらしく見えても、物理エンジンのように法則を計算した結果ではありません。
OpenAI は Sora について、ガラスが割れるような基本的な相互作用の物理を正確には再現できないと書いています。
見た目が自然なことと、現実の結果を正しく予測できることは別の話だと考えておくと、デモ映像の受け止め方を誤りません。
夢の中の抜け穴を突く
ワールドモデルの中だけで学んだエージェントは、モデルの不完全さを利用して、本物では通用しない動きを覚えることがあります。
2018年の World Models の論文は、この問題を抑えるために、生成する世界の不確かさをわざと大きくして訓練しました。
「ワールドモデル」の中身は 1 つではない
同じ言葉でも、Genie や Oasis のように操作できる映像を生成するものと、JEPA のように表現の先を予測して計画に使うものでは、目指す方向が違います。
ニュースでこの言葉を見かけたら、映像を作るモデルなのか、計画のためのモデルなのかを確かめると、何がすごいのかを読み違えにくくなります。
各社の数字は、どれも開発した側の発表や論文による値です。
最後に
ワールドモデルは、行動を受け取って「次に世界がどうなるか」を予測する AI のモデルです。
言葉を予測する LLM に対して、ワールドモデルは行動の結果を予測すると押さえておくと、ロボット・自動運転・ゲームの話題で同じ言葉が出てくる理由がつながります。
一方で、長く続けると崩れること、物理を計算しているわけではないことは、どのモデルにもまだ残る課題です。
AI の新しい発表を読むときに、何を予測するモデルなのかを見分ける手がかりになれば幸いです。
以上です。












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