「情けは人のためならず」は、日本語の中でもとりわけ扱いの難しいことわざ。
同じ言葉を口にしているのに、話し手と聞き手で意味が正反対になっていることがあります。
実際、文化庁の「国語に関する世論調査」では、本来の意味で理解している人と、そうでない人がほぼ同数という結果が出ました。
数字の上では、どちらが多数派とも言えない状態。
意味が半々に割れてしまった言葉を、私たちはどう扱えばいいのでしょうか。
数字で見ると、意味はきれいに半分に割れている
文化庁が平成7年度から毎年おこなっている「国語に関する世論調査」は、慣用句やことわざをどの意味で使っているかを継続的に測っている調査です。
その平成22年度の調査で、「情けは人のためならず」の意味が尋ねられました。
回答は次のように分かれています。
- 本来の意味とされる「人に情けを掛けておくと、巡り巡って結局は自分のためになる」…45.8%
- 本来とは違う「人に情けを掛けて助けてやることは、結局はその人のためにならない」…45.7%
両者の差は、わずか0.1ポイント。
10年前の平成12年度調査では本来の意味が47.2%、違う意味が48.7%で、むしろ誤解のほうが多数派でした。
つまり10年の間隔をあけた二度の調査で、どちらが多数派とも決まらない状態が続いてきたわけです。
集計の原典は平成22年度「国語に関する世論調査」の結果について(文化庁)にまとまっています。
世代でくっきり分かれている
年代別の内訳まで下りると、この拮抗の正体が浮かび上がってくる。
60歳以上では本来の意味を選んだ人が55.4%となり、違う意味を選んだ人(34.2%)を20ポイント以上引き離しました。
ところが20代と30代では順位が逆転し、違う意味を選んだ人がそろって58.7%に達しています。
若い世代ほど「その人のためにならない」と受け取っている、という構図。
全体で半々に見えていたのは、世代ごとの大きな偏りが打ち消し合った結果だったのです。
平均値だけを眺めていると、集団の中で何が起きているのかを取り逃がしてしまう。
年度ごとの結果は国語に関する世論調査(文化庁)から辿れます。
誤解が生まれるのは「に」を足してしまうから
半々に割れてしまう理由は、この言葉の見た目そのものにありました。
「人のためならず」と「人のためにならず」。
助詞の「に」がひとつ入るだけで、意味は正反対になります。
無意識のうちにこの「に」を補って読んでしまう、というのが文化庁の説明。
けれども「ためならず」の「ならず」に、助詞の「に」は入っていません。
「ならず」は、断定の「なり」の未然形に、打ち消しの「ず」がついた形です。
現代語に直せば「〜ではない」。
だから「人のためならず」は「人のためではない、すなわち自分のためである」と読むのが本来の筋道になります。
情けを掛けた相手のためではなく、巡り巡って自分に返ってくる。
主語が相手から自分へ移る、そこがこの言葉の勘所です。
たった一文字の助詞は、線路のポイントによく似ています。
切り替えが数センチ動いただけで、列車はまったく別の駅に着いてしまう。
誤解されやすい言葉には型がある
同じ平成22年度の調査では、ほかの言葉も一緒に尋ねられました。
「姑息」を本来の「一時しのぎ」と答えた人は15.0%にとどまり、「ひきょうな」と答えた人が70.9%を占めています。
こちらは誤解のほうが圧倒的な多数派で、拮抗すらしていません。
一方「雪辱を果たす」と「雪辱を晴らす」は43.3%と43.9%で、こちらも真っ二つ。
意味そのものが入れ替わるタイプと、言い方が似ていて混ざるタイプ。
「情けは人のためならず」は前者にあたり、しかも分かれ目が助詞ひとつしかないぶん、誤解が根深く残っているのです。
半々に割れた言葉と、どう付き合うか
意味が割れていると分かったとき、取れる道はふたつあります。
ひとつは「本来はこういう意味です」と正しさを伝える道。
もうひとつは、誤解されようのない言い方に置き換えてしまうやり方です。
実務で効くのは、たいてい後者のほう。
相手が違う意味で受け取ったまま話が進んでしまうと、食い違いに気づく機会そのものが消えてしまうのです。
「情けは人のためならず、だからここは手を貸さない」と続けられたら、聞き手はどちらの意味で理解すればいいのか迷います。
文章に残すなら「巡り巡って自分に返ってくる」と言い切ってしまえば、解釈の幅は残りません。
ことわざを使わずに済ませるという判断も、立派な選択肢のひとつ。
「それ誤用ですよ」と言う前に
誤用を指摘するのは、思っている以上に難しい行為です。
辞書が本来の意味として載せている一方で、話し手の半数近くが別の意味で使っているという現実があります。
半数が支持する語義は、いずれ辞書に併記される可能性も十分あるでしょう。
だから私は、どちらが正しいかより、相手に何が伝わったかを先に確かめるようにしています。
言葉は多数決だけでは決まらない、けれど多数派を無視しても通じない。
その両方を抱えたまま使うのが、生きていることわざとの距離の取り方だと感じています。
同じように解釈が割れている慣用句は、ほかにもあります。
最後に
「情けは人のためならず」は、人に掛けた情けが巡り巡って自分に返ってくるという意味。
「その人のためにならない」ではありません。
ただし調査が示すとおり、そう受け取っている人が半数近くいるのも事実です。
意味が半々に割れた言葉と付き合うときは、正しさを掲げるより、伝わる言い方を選ぶほうが実利があると感じました。
私も、迷ったときは素直に言い換えるようにしたいですね。
以上です。













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